
日本人の死因第2位である心臓病の中でも、心筋梗塞や狭心症が代表的な病気です。年間約15万人が心筋梗塞を発症し、約5万人が急性心筋梗塞で亡くなっています。現代医療をもってしても命を救うのは容易ではありません。
心臓は1日約10万回の収縮と拡張を繰り返し、約7000Lの血液を全身に送り出します。血液は酸素や栄養素を全身に届け、老廃物を回収します。この小さな臓器は、水を2メートル押し上げるほどの力を持つ、極めて強力なポンプです。
この働きを担う心臓は、厚くて丈夫な筋肉「心筋」で構成され、冠のように心臓を覆う冠動脈から酸素と栄養の供給を受けています。冠動脈は大動脈から分かれ、細かく枝分かれしながら心臓全体に張り巡らされています。
狭心症とはどんな病気か?
心臓は1日約10万回拍動し、活動に応じて心筋が収縮・拡張して血液を送ります。運動時など心筋が多くの酸素を必要とする場面では、冠動脈がより多くの血液を供給します。健康な心臓ではこれが自然に調整されますが、冠動脈が動脈硬化で狭くなっていると、必要な血液が届かず「虚血」となり、胸が締め付けられるような激しい痛みを伴う発作が起こります。これが狭心症です。
狭心症と心筋梗塞はいずれも冠動脈の動脈硬化が原因で、虚血によって引き起こされるため「虚血性心疾患」と呼ばれます。自然回復の余地があるのが狭心症で、完全に血流が途絶え回復力を失うのが心筋梗塞です。心筋梗塞の方がより重篤です。
狭心症の発作は、運動や急な動作の後に起こる「労作性狭心症」と、安静時や睡眠中に冠動脈がけいれんを起こす「安静時狭心症」があります。左胸だけでなく、みぞおちや肩、腕、背中などにも痛みが現れます。頻繁な発作や痛みの増加は心筋梗塞の前触れかもしれないため、早期の診断と対策が重要です。
一刻を争う急性心筋梗塞
狭心症の痛みは通常数分で収まりますが、30分以上続き、耐えがたい痛みがある場合は急性心筋梗塞の可能性があります。「万力で締め付けられる」「象に踏まれたよう」と表現されるほどの強烈な痛みで、死の恐怖を感じることもあります。
狭心症にはニトログリセリンが有効ですが、急性心筋梗塞には効きません。問題は痛みではなく、冠動脈が詰まり血流が止まることで、心筋が酸素を失い壊死していくことです。壊死が進むと心不全を引き起こし、さらに悪化すると心原性ショックとなり、早急な治療がなければ死に至ります。
壊死した心筋は再生しないため、たとえ命が助かっても心機能は完全には戻りません。発症からの対応が遅れるほど死亡リスクは高まり、約40%が発症後2日以内に亡くなるとされます。
胸の激しい痛みが15分以上続く場合は緊急事態です。迷わず119番へ連絡し、迅速に医療を受けることが命を守る鍵です。
心筋梗塞は再発と合併症に一生注意
心筋梗塞は早期受診と治療で命を救えますが、その後の経過は心筋の損傷度や体力、年齢、治療法により大きく異なります。発症から2週間以内が急性期、1ヶ月以上経過したものを「陳旧性心筋梗塞」と呼びます。この段階では、再発予防と生活習慣の改善が最も重要です。
近年は医療の進歩で多くの人が仕事や生活に復帰していますが、再発だけでなく合併症にも注意が必要です。特に不整脈は心筋梗塞後に起こりやすく、代表的なのが「心室頻拍」。これは心拍数が毎分130~250回に急増する危険な症状です。
さらに「心室細動」では心臓の機能が極度に低下し、脳への血流が止まることもあります。「心室ブロック」では心房から心室への電気信号が届かず、血液が送れなくなる可能性もあり、継続的な注意が必要です。
心筋梗塞は一度発症すると、再発や合併症に生涯向き合う必要がある病気です。予防と早期治療が何よりも大切です。
無症状の心筋梗塞もある ― 年間1万人が自覚なし
心筋梗塞といえば激しい胸の痛みが典型ですが、実は自覚症状がほとんどない「無痛性心筋梗塞」も存在します。年間4万人以上が心筋梗塞で亡くなる中、1~2万人が無症状のまま発症しているとされます。
発見されるのは健康診断や人間ドックで、本人が気づかないうちに心電図や血液検査で異常が見つかるケースが多くあります。例えば、ある男性は体調不良で受診した際、検査で心筋梗塞が判明し、無事治療されましたが、胸の痛みは全く感じていませんでした。
通常、心筋梗塞では血流不足により激しい痛みが起こりますが、糖尿病などで神経障害があると痛みを感じにくくなります。このため命に関わる状態でも気づけないことがあります。
ただし、痛みがなくても「大量の汗」や「だるさ」「めまい」「顔面蒼白」といった症状が現れることがあり、特に大汗は危険信号です。心筋梗塞のリスクがある人は、痛みがなくてもこれらの症状を見逃さないように注意が必要です。